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3・11-12福島に行って来ました(泉陽会分会ビラ)



【泉陽会分会の職場ビラを紹介します】

ふくしま共同診療所へのカンパを職場でたくさん戴きました!!
おひとりおひとりの心がこもったカンパを無事にお届けしました。
ご協力してくださった50人以上ものみなさん、ありがとうございました。

3月11日の午後、福島市にある教育会館大ホールにおいて「3.11反原発福島大行動13」が開催され、全国から駆け付けた1350人が怒り溢れる集会とデモをやり抜きました。

311hukusimakaijo.jpg

 集会への賛同は、全国から408、世界から430(計838)寄せられたそうです。また集会には、原発建設を阻止した住民、広島の被爆者、被災後も牧場を守り続ける酪農家(後述)労働組合で反原発を闘う労働者、高校生など・・・多くの方の底から東京電力や政府に対する怒りを訴えました。そして同時に「ともに闘うことで現状を変えることができる」「福島で生きる学生として原発反対の声を上げていく」など、沸き立つ決意を表明し、行動をさらに大きくしていくことを呼びかけました。
 2:46には全員で黙とうをささげました。2年前の光景が脳裏に甦り、涙があふれてきました。無念の死をとげなければならなかった方の分まで、現状を変えていこうと心に誓いました。

 集会の後は福島市街をデモ行進しました。集会会場から福島駅まで約1時間のデモで、市民から注目をあびました。沿道やビルの窓から手を振る人、途中の産婦人科ではわざわざ6~7名の看護師が玄関まで出てきて手を振ってくれました。政府は安全宣言を出して復興キャンペーンを行っていますが、問題は何一つ解決していません。
この声や行動を世界に響き渡らせていきたいです。

 翌日、私たちは被災地をめぐりました。前日の集会で発言された酪農家の吉沢牧場にも行きました。発言の要旨を紹介します。
bokujou2.jpg

「福島第一原発から14㎞の浪江町は放射能で全住民が追い出された。浪江町は過去に原発建設を阻止しており、震災の時も政府は助けに来なかった!政府は牛を殺せと言っているが、そんなことはできない。立ち入り禁止区域で10軒の農家が700頭の牛を見ている。吉沢牧場にも350頭の牛がいる。牛は多量の被ばくをしており、肉牛としても乳牛としても出荷できないが、これは経済の問題ではなく牛飼い農家の意地として闘う決意だ。広く深い連帯と実力が再稼働をひっくり返す確かな力になる!」

namie.jpg

まず訪れたのは浪江町の仮設住宅でした。ここには約200世帯が住んでいますが、そのうちの8割は高齢者世帯だそうです。仮設住宅に住む70代のご婦人は「ここは姥捨て山だって言われてるんだよ。原発が廃炉になるまであと30年もかかる。その頃には死んでるよ。今ではボランティアの人も殆ど来なくなったねぇ。一日も早く元の暮らしに戻りたいよ。」と仰っていました。

bokujou3.jpg

tunami.jpg

 津波の後は随分片付いていましたが、まだこのように車や家が残されたままになっているところもありました。右の写真は海から約5㎞離れた地域です。ここから海は見えませんが、このような津波の被害を受けた地域は茨城県から岩手県まで続きます。
 下の写真は南相馬市にある高齢者施設のヨッシーランドです。震災当時140名の利用者と60名の職員がいました。大地震で一旦外に避難したものの、大津波警報は届かず逃げ遅れた結果36名が死亡、1名が行方不明となりました。ベッドごと流された方もいたそうです。どんなに無念だったことでしょうか。
当時を物語る惨状を目の当たりにして言葉が出ませんでした。

yosirando.jpg

福島原発からは今もなお放射性物質が垂れ流され続けています。原発事故は終わっていません。至る所に設置されたモニタリングポストの数値はいずれも放射線管理区域に該当する0.6μ㏜を超える0.8~0.9μ㏜でした。
monitapost.jpg
↑0.856μ㏜と表示

甲状腺がんが発見された子供は3人(疑わしい人も合わせたら10人)それなのに政府は「安全宣言」で帰村を促しています。怒りに堪えません。このような現状を一緒に変えていきましょう。

一緒に福島行動へ参加した職員から寄せられた感想を紹介します。
「一度だけでもいいから、直接自分の目で被災地を見たい。テレビ越しではなく実際に行って見たい。」
2011年3月11日の東日本大震災以来私はずっとそう思っていました。福島に一緒に行かないかと誘われた時、放射能などの問題もありましたが、私は迷わず「行きます!」と答えました。福島では嬉しいことに現地の方が被災地を案内してくれることになり、仮設住宅、飯館村、浪江町に行きました。
仮設住宅は1人暮らしの方の部屋は四畳半。エアコンはついているもののプレハブなのでとても寒いと言っていました。ほとんどの方が大きなお家に住んでいたそうで、「まさか自分が四畳半の倉庫みたいな家に二年も住むと思わなかった」と話してました。津波の被害にあった方が、「あのビルの屋上くらいまで津波が来た」と言って指差したのは20階立てくらいの大きなビル。びっくりして、思わず「え!あんなにですか!?」と大きな声を出してしまいました。自分がもしその被害にあったらって考えたら、とても怖くなった。でも、実際に被害にあわれた方達はそれ以上に怖かったと思います。
次に行ったのは、飯館村と浪江町。家がたくさんあったところには逆さになっている車が二台、がれきの山がふたつ、部屋の中がむき出しになっている家が一件。初めてそんな光景を見ました。その車や家は全部津波の被害に遭ったものだそうです。でもそこには、海がなかった。疑問に思っていると、現地の方が教えてくれました。「海はずーっと向こうにあるんだよ。」と。テレビで見ていたのと全然違った。全く言葉が出ませんでした。老人ホームでは寝たきりの方がベッドごと流されたと聞いて、涙が出ました。
今回、福島に行かせていただいて本当に良かったです。いい経験になりました。被災地の方の為に、これからもボランティアなど頑張らなきゃ!と思いました。二年たっているのに、元の街には全く戻れていません。被災地の復興の為には、まだまだみなさんの助けが必要です。ご協力お願いいたします。
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